明治以降、数々の文豪が頭角を現し、歴史に残る名作が生まれました。
文豪というと、もちろん文章がうまく、帝国大学など、エリート大学に在籍していた文豪も多く、一見まっとうにまじめに人生を歩んできた人ばかりだと思われるのではないでしょうか?
しかし、さすがは芸術家。
実は、「歴史に名を残しているのにこんな破天荒なのか」と驚くようなエピソードがある文豪が、たくさんいるのです。
しかもその破天荒なエピソードは、彼らの文学作品の元ネタにもなっています。
今回はそんな文豪たちの中から、太宰治、森鴎外、田山花袋の3人についてご紹介したいと思います。
『走れメロス』は実話!?友人を人質に残した太宰治
太宰治といえば、『斜陽』『人間失格』など、有名作品が多いですが、
中でも学校の国語でも取り上げられ、誰でも一度は読んだことがあるのは
『走れメロス』ですよね。
「メロスは激怒した」という出だしぐらいなら、誰でも聞き覚えがあるのではないでしょうか。
『走れメロス』は、古代ギリシャがモチーフになっていますが、物語のエピソード自体は、なんと太宰治自身の経験と酷似しているという噂があります。
そのできごとの名は「熱海事件」。
熱海に行ったきり、戻ってこない太宰を妻が不審に思い、太宰の友人で作家の檀一雄に相談し、熱海まで太宰を迎えに行ってもらいます。
しかし、檀が熱海まで迎えに行くと、太宰は檀を巻き込んで遊び明かし、帰るためのお金まで使いきってしまいました。
まさに、「ミイラ取りがミイラ」になってしまいました。
それだけでもなかなかの問題ですね。
しかし、破天荒な行動はここからです。
さすがに帰れないとまずいとあきらめた太宰は、菊池寛にお金を借りることを思い立ちます。
そこでなんと、お金を借りに行く際、担保代わりに檀を熱海の宿に残し、いわば身代わりにして出発してしまったのです。
まさに、メロスが太宰、檀がセリヌンティウスというわけです。
ちなみに、東京の菊池寛の元に行ったきり、太宰は数日戻ってこず、結局、檀はそんな太宰を探しに、今度は東京に向かったそうです。
しかも太宰は菊池寛への借金に失敗し、井伏鱒二と将棋を指している最中だったといいます。
最終的に、井伏鱒二の仲介で、佐藤春夫に借金をして、足りない分は太宰の奥さんの着物を質に入れるなどして工面したようです。
ドイツでの恋愛は実話!?森鴎外の『舞姫』
『舞姫』『高瀬舟』『阿部一族』などの代表作を発表した作家でもあり、陸軍軍医としても活躍した森鴎外。
そんな森鴎外にもまるで小説のような驚きのエピソードが残されています。
『舞姫』は森鴎外の実体験に基づく小説であるといわれています。
舞姫のストーリーを簡単にまとめます。
エリートとして海外留学した主人公が、下級階層のドイツ人女性の金銭の工面をするという人助けをした流れで中でその女性と恋に落ち、ついに妊娠させてしまいます。
一時は一緒に住むものの、今後の学業や出世を考えるとその女性と別れるべきだとの親友の反対にあい、親友からの仕事の誘いと女性との生活を天秤にかけ、女性を見捨ててしまうという内容です。
『舞姫』はフィクションの位置づけとなっています。
しかし実際、森鴎外も『舞姫』の主人公と同じく、国費でドイツに渡った経験を持っています。
そして実際に、森鴎外が帰国した後、鴎外を追ってドイツから女性が来日しているのです。
来日した経緯は舞姫のストーリーとは異なり、妊娠させたり同棲したりということが理由ではありません。
しかし、留学先でドイツ人と恋に落ちるというところまで、そして周囲に結婚を反対され鴎外はあっさりと結婚をあきらめ、ドイツ人を裏切ってしまったところは実話だそうです。
つまり、フィクションといっても「実話をもとにしたフィクション」だったと言えるでしょう。
明治時代初期で、外国人の女性と恋愛をする日本人もそう多くはなかった時代に、鴎外を日本までわざわざ追ってくるなんて、まるで物語のようなできごとです。
自分の性癖の暴露!?田山花袋の『蒲団』
田山花袋の『蒲団』も、本人の行動がクローズアップされ、大きく波紋を残した作品といえるでしょう。
日本の自然主義文学を代表する作品の一つで、作品名だけは知っている人も多いのではないでしょうか。
この作品は田山の代表作で、私小説の出発点に位置する作品と言われています。
私小説ということは、自分の経験をそのまま小説にしたということですから、先の「舞姫」よりも実際のできごとに似ている要素が多いということになります。
あらすじとしては、所帯持ちで文学者の主人公の元に、女学生が弟子入りを願ってやってくるというところから始まります。次第に女弟子と主人公は仲を深めていきます。
主人公はこの女弟子に思いを寄せるようになっていくのです。しかしそんな中、そこへ女弟子の恋人の男性が、女弟子を追って上京してくるのです。
主人公は嫉妬から、2人を見張れるように主人公は2人を主人公自身の自宅に住まわせることにします。
そのような嫉妬と抵抗の数々もむなしく、2人の恋を目撃してしまう主人公。ついに怒りを抑えられず、女弟子を破門させてしまうというラストシーンが描かれています。
そんな「蒲団」ですが、森鴎外の「舞姫」同様、自分の恋愛の懺悔の物語なのですが、こちらの「蒲団」のほうは、「舞姫」よりも世間に衝撃を与え、驚かれたといいます。
というのも、『蒲団』は嫉妬、不倫などドロドロしたシーンがたくさん散りばめられているからです。
物語はまず、新婚生活のキラキラとした感覚が失われ、「単調なる生活につくづくあき果ててしまった」という書きぶりから始まります。
そんな夫婦間の倦怠期の中で、主人公は女弟子との不倫の妄想をします。
しかしその女弟子の恋人が上京してきたのを知り、ショックで酒を飲み、妻や子どもに八つ当たりするシーン、手紙を盗み見て、二人の関係が進んでいないか調べるシーンが描かれるなど、かなりドロドロとした嫉妬と不倫の欲が赤裸々につづられているのです。
そして一番有名なラストシーンでは、女弟子を追い返した数日後、主人公は女弟子に貸していた部屋に行き、「懐かしさ、恋しさのあまり、かすかに残ったその人の面影を偲ぼう」と、引き出しにあった女弟子のリボン、寝間着、そして布団の匂いを嗅ぐのです。
女学生が使っていた布団を敷き、その匂いを嗅ぎながら泣いて悔やむところで物語は幕を閉じます。
恋愛を嗅覚で表現するという、当時にはかなり斬新な手法ではありましたが、ノンフィクションとすると、田山も不倫、嫉妬、いわゆるにおいフェチ、とかなり破天荒な人物だったと言えるでしょう。
やはり、いつの時代も天才と破天荒は紙一重なのかもしれません。